昭和47年01月01日 元旦祭



 正月を愈々目出度いものに、同時に有難いものにそれを演出してからでも、愈々目出度い気分を味わいたい。是が日本人のお正月を迎える気持ちであろうかと思わせてもらいます。何日かすす払いを致しましたね。又お祭りの門松を立てたり、軸もめでたいなら、やはりお花も松竹梅と言った様なもう何からかにまで、目出度いづくめの中で元旦を迎えたい。そしてその元旦の目出たい気持ちで、今年も愈々幸せになりたい。
 そういう願いがあの籠められての事でしょうが、所がどうにもでけない事が矢張りあるんですね。出来るだけ言うなら縁起の良い、そう言う様な事ちょっとこれ響くそれこそ、縁起でもないと言った様な事が、起きてくるのですから仕方がありません。私はここ今朝からの、夕べでしたか夕べもこの事を、皆さんにも聞いて頂いたんですけれども、ここ二、三年私の心の中にそう言う様なものが、言うならば大晦日もなからなければ、元日もないと、言った様な気持ちが、非常に強くなってきたんです。
 もうそれ全然そんな事は問題ではない。若水を汲んでそして新しいタオルを使わせて貰うと言った様な事もない。それはどう言う事かというと、矢張り日が暮れたら大晦日と思い、夜が明けたら元日と思うてと、信心の言わば要点になる所を、その様に教えておられます。私共はもう日々がそこの所に取り組まれておるのでございますから、所謂日に日に新と言うのは元日の心である。一日を締めくくってそして、今日も広大なおかげの中におかげを受けたなと思う心が、ね。
 お礼を申してもお礼を申しましても尽きないほどの有難い思いで休ませて頂く。照るほどしのものを段々身に付けて、その所謂いつもが元日であり、ま日が暮れたらいつもが大晦日であると言った様な精進がです、段々身に付いてきたからだと思うです。私はその事を非常に有難いと思うです。もうそれこそ元日は元日らしい着物を着たり、ね、所謂目出度い事を聞いて、目出度いものを見たり、そして日頃食べない様なものを頂いたり、ね、所謂長生きの薬と言われるお屠蘇を頂いたり、ね。
 そうしてわざわざ元日の心というものを作りたい。所がそういう心がです、まあまだ松の香も消えないうちに消えてしまうと言った様な。先程も私がちょっと言ってました様に、所謂元日そうそうでもやはり腹の立つような事が起きて来るとこういうのである。けれどもそういう腹の立つと言った様な事柄が、腹の立つと言う事ではなくてそれが有難いと言う事に頂けたらよい。
 甘木の初代が御晩年の頃、元旦のご挨拶にね、今年は私は不平不足を思わんで済む修行をしたいと仰ったそうです。大変な事だなと思った。不平不足を言わんというだけでも、大変なことなのに、それを思わんと言う事はもう大変な事だと思うんです。大変な修行だと思う。大変な又お徳を力を受けなければでける事じゃないと思うのです。だから例えて言うならばです、不平不足が起きて来るその問題がです、その問題が私にとっては不平不足どころか、お礼を申し上げる事ばっかりなんだと言う事になる。
 信心ちゃ有難いですよ。私も初めからこうじゃなかったです。いや追この頃までは元日といゃ、それこそ縁起を、縁起を担ぐ訳じゃないけれど、元日のいわば気分を満喫したいというので様々な演出をしてでも、元日の所謂目出度い気分を味わいたいと思うておった私がです、段々教祖様の御教えの、いわば信心の要点であると思われる、日が暮れたら大晦日と思い、夜が明けてら元日と思うて日々嬉しゅう暮らせば、家庭に不和はないというおかげを頂いておると言う事。こりゃ又ここまでと言う事ではありません。
 もう限りがない事なんですこの事は。素晴らしい事だな信心とは、もう何といっても素晴らしいと思うです。私自身がおかげを受けていってそう思うです。だからそういう信心をです、目指させて頂くと言う事、また願いとさせて頂くと言う事。是はもう合楽にご縁を頂いてておる全部の人がです、そこにです思いをかけ願いをそこに持たせて頂いての信心の稽古でなからなければいけないと私は思う。
 例えてま申しますと今日の元旦祭が、ね、もうそれこそ有難い目出度い雰囲気の中に、まさに幕を切って落とされた。御祭典がまあ段々進んでまいりまして、神撰と、ね、お供え物というその、私は実を言うたらその先程からね休んどりました。今朝方ちょっと休んだだけ、座らせて頂いたら何か眠気を模様すまあ、うとうととしておる訳でもないけれども、何とはなしにこう眠気が模様した所にこうパッチと音が致しましたから、びっくりしておいさみじゃろうかと思うたら、目の前にあのお米一杯こぼれておる。
 以前の私だったらどうだろうかと思いますね。いや皆さんもあらっと思われたでしょう。ほんとにヒヤッとする程しの事でしょうけれども、そのヒヤッとする事はです、ヒヤッとする程有り難い事だったんです、私は。皆さんはどうだったでしょうか。ね、一番最初に一番大事な、ね、洗い米あれは毎年正月の洗い米は、ね、皆さんにお下げ致しますご神米の中に入れさして貰うお米なんです。もう、もうそれこそ教会にとって命だ。
 それで例えばない命が助かったり、ね、もうおかげで薬も医者にもと言わんで済む様なおかげを頂いとるのもあのご神米あればこそ。そういう大事なご神米が、元日いわば草々、ね、先生方の手から手から移っていくその瞬間です。しかも御神前でパッチと大きな音と共に、あれがお米が散乱したただ事ではない。ま見苦しい事は見苦しい箒ではたいたりはわいたり、チリトリ持って来たりせんなりませんから、その事はです、ね。
 成程神様はもう間違いはありません。どんなに大徳な先生と言われようがです、生身を持っております事ですから、どこにお粗末ご無礼があるやら解らん。そのお粗末ご無礼があればあるでね、お気付けを下さると言う事が有難いじゃない。神様が生きてござる印なんだ。だからあらっと言うよりも有難い。ヒヤッとする程有難かったというのがその、その有難かったというのが、有難い事に繋がって行くのです。
 お正月に縁起が良い事を縁起を、成程その思いは確かに、ね。その思いはおかげを頂く心ですけれども、それが逆さに出た時にです、はあ今年は縁起が悪かったと思うたら矢張り今年が縁起が悪い事に成る様なです、そういう例えば天地の中には一つの、まシステムと言った様なものがあるんです。有難いと思やぁ有難い事が起こってき、はあこりゃどう言う事困った事だ、難儀な事だと思うたら、難儀な事が起こって来ると言う様な、ね、天地の中にそう言う様な、働きがある事を私どんが分からして頂けば頂く程に。
 何時でもどんな場合でどんな事に直面致しましてもです、それを有難いと受けれる心を日ごろ頂いておかなければいけないかと言う事が分かります。どんなに演出して素晴らしい、目出度い正月を演出いたしましてもです、ね、もうそれこそ思いも掛けない事が起きて来るのですから。ね。御鏡の上にお供えしてある、ね、あれがお鏡大体はお三宝に別にとって大きなお米袋入れとすりゃ大丈夫だ。所がお米のまあるいしとる所にちょっとあげちゃる。それがころころしとったに違いない。だが確かめてなかった。
 それでまそれで落ちたといや、落ちたんだけれども、ね、絶えずそこにはですそれこそヒヤッとする様なものを感じさせ、生きた神様の働きをそこに見る信心が必要なのだ。そして次にね、神様ちゃ有難いなぁと、私はしみじみ思いました。とたんにおかげでしゃんとした元旦祭、夕べ寝むっとらんけれどももう眠る段じゃない。それから有難い有難い元旦祭に入ってまいりました。
 昨日、一昨日でした。久富先生が、親先生今度の洗い米をさせて頂きますが、ね、ご神米に使わなければならんから、というお届がございました。そしたら神様がね今度の元旦祭は使わんと神様が仰った。今度のご神米はね六日からですか、寒中修行が始まるその前夜に洗えという。そして一月間みんなの総祈念をね、そこに集中してその寒中に、寒中修行を終ったそのお米をもって、今年のご神米のお米にするというお知らせを頂きました。私はもうそしてこれですから、有難いと思わにゃおられんのです。
 成程その事はです、ヒヤッとするごとお気付けである、またヒヤッとするごと有難いんですけれども、ね、神様がねあのお米はご神米に使うのでは、元旦の洗い米はご神米には使わんと。皆さんヒヤッと悪い意味でヒヤッとなさった方は、是で一つ心の内が有難いと思いなさいよ。まあ合楽ちゅうとこは、なんちゅう有難いとこだろうかと思わにゃいけません。どうでも、ね、みんなの寒中修行に張り切って寒中修行さして頂くと、一生懸命の御祈念をその洗い米に注がして頂く。
 一つ期間御祈念をさして頂いて、そのお米をご神米に使う。ああもう有難い有難い、あれがもう今日こぼれておらんなら、こげな有難いご神米はできん。有り難かでしょうが。そこでです、どんなに元日の心にならせて頂こうと思うても、目出度い心にならせて頂こうと思うても、目出度いと思われないような、却って縁起が悪いと思われる様な事がね、突発的にね起きて来るので御座いますから、その時点でねそれをどう受けるかという信心をが、稽古なんです。
 それをです有難い有難いで受けさせて頂ける所の稽古。ですからたゆまざる信心修行が必要になって来る訳で御座います。日に日に新らな心、その新らな心を頂かせて頂くために、なら今日も一つ新しなろうと思うただけではだめです。そこに教えに殉ずるというか、教えに忠実な生活が始る。所謂家業の行が始まる。そういう信心がです、繰り返し来るかえしなされて初めて自分の心に自分でも不思議な位な心が頂けてくる。
 私はここ二、三年いわゆる元日正月というものを、わざわざ目出度いというふうに、それでもまあ皆さんが一生懸命まあ元日らしゅう、例えば今日のお供え物一つでも、ね。久富先生が殆ど担任でなさったんですけれども、やはり元日らしい盛付けになっていた。成程元日らしいお祭りである。そういうふうに正面玄関には、竹内先生があそこでお花をあんなに綺麗に、ほんとに入った途端になんかこう引き締るようにね、元日だなと思わして頂けるような、雰囲気が正面、脇殿の入り口の所で感じられる。
 日頃ではない事をまするわけです。ですから人間が例えば、努力をすると言う事は、それ位な事なんです。だからそれと反対の時に、それを目出たいと受けていくと言う所の、信心の稽古があるわけです。神様がねそこの所を分からせようとするために、様々な演出をなさる。今日も今朝から吉井の熊谷さんが、参拝して見えられた。先生もう神様の御都合には恐れ入ります、ち。
 もう昨日と言う昨日はもう大変な忙しい、しかも私が居らなければどうにもでけない、それももう本当にもう逃げたくれ、するごとしてから来なきゃとても出て来れないと言う様な状態で御座いました。あれが普通でございましたら恐らく口実はつくのですから、ご無礼しとったでしょうけれども、二度目の日のお参りお供えを持って参ります時に、親先生がご結界奉仕しておられてから、熊谷さん今晩は玉串があるよと言われた。
 あらいつでん婦人総代はなかつばってん、こんだあるじゃろうかと思うて帰った。そしてその親先生から、今日は玉串があるよと言われておった事が、引掛って引掛ってしょうがないから、まあ抜け付くぐつでけん所を昨日はちょうど、今日の徐夜祭におかげを頂いたとこう言われる。そしたら何時もの様に、男の総代さん方で上げられて、玉ぐしは上げられなかったけれども、例えば嘘にでも、玉串があると神様は私に言うて下さって、間違わない様に、間違わない様に私を導いて下さったと言うておられます。
 ですからどんなに忙しかっても、抜け付くぐつしても一年中の締めくくりの徐夜祭だからお礼に参らなければならない。お礼に参ることが本当だと言う事です。そう言う事になるでしょう。だから神様はうそを言うてでも、熊谷さんを本当の事をさせようとなさっておられます。もう今朝からも夕べはそんな訳で娘と二人でさせて、も、二時半くらい休ませて貰うのは。あら私と同んなじ事じゃったねて言うた。
 ほいでもうそれこそさしもの熊谷さん、もう七十幾つになられる方がもうそれこそ朝の御祈念に参って、夜の御祈念にね、もうそれこそいそいそとしてお参りになる。けど昨日と言う昨日ばかりは疲れ果てておる。また事情もあった。今朝と言う今朝はもうそれこそ、もうほんとにいつも神様が起こして下さるのに、今日ばっかりは起こして下さらなかった所を見るとです、今日はもう参らんでもよかぞと言う感じだった。
 所が又思い出した。ね、若先生が熊谷さん、明日の朝から青年会で御本部参拝するから、お初穂をはよう持って来て下さいち、いわっしゃった。はぁもう今日は朝から、元旦祭にもどうせお参りをするのだから、三里の道をいたり来たりするよりもです、もう今日はご無礼をして、朝の御祈念はご無礼をして、もう昼にお参りをするのでもよかったんだけれども、さあ間違うとった。自分が聞き違いしとった。青年会が朝から御本部参拝をすると思いこんじょった。
 だからこらぁお初穂をどうもそのなしちゃならんと思うて、今日はお参りさせて頂きましたら、聞かせて頂いたら、今日は夕方からだったそうです。まそれを思いこれを思い、本当の事をさせようとなさる神様の働きをです、ね、熊谷さんは感じておられる。私共はそこからです、本当な事はと言う事を分からにゃいかん。私は今朝から後からまいってきた方に申しました。合楽ちゅうとこはほんとに面白いとこちゅうちゃならん、有難いとこだと私は思いました。
 今朝からちゃんと朝の御祈念に、いつも朝の御祈念に参ってくるのが参って来とらん。福岡からは秋永先生たち夫婦、古川さん、古谷さんたち夫婦と高橋さん、ね、夕べおそうまで徐夜祭を頂いてそうしてまた帰って、正月の準備をさしてもろうて、そしてまた朝のご祈念に参って来て、十何里の道をまた帰ってまたこのお祭りにみんな参ってきた。それが、ね、それが有難いと分からして頂くほどしの信心、ね。私は信心と言う所は、結局信心修行なんですから。ね。
 しかも只信心でこればいっちょ貰おうと言うのでなくて、人間の本当の幸せを頂くためなんですから。あの世にも持って行け、この世にも残しておけると言う程しの大変なものを頂けるためなのですから。それをね、平気でと言う事よりも有難くでけておられる方たちが有難い。言うならそれでも生身を持っておられる事ですからです。熊谷さんじゃないですけれど、昨日も今日もその様にして、もう本当に一歩でご無礼になる。
 ご無礼をして、ご無礼になると言う訳じゃないですけれども、折角のその素晴らしい信心を、素晴らしい信心たらしめようとなさる神様の働きがです、思い違いをさせたり、または嘘を言うてから、私は昨日はうそを言うた積りじゃないですよ。私もそげん思いこんどった実は。女の方も上げると思うた。したら久富先生に聞いたら、いいえ玉ぐしは六本しか用意しとりません。男の方達いつも男の方ばっかりですからとこういう。あそうじゃったのと言う事でしたが、ね。
 なら熊谷さんはその事によって、昨日のなら徐夜祭もご無礼せずにお参りがでけたと言う事。もうそれこそ是ですんだと思いません。一にも押しなら、二にも押し、三にも押しで信心の稽古と言うものはさせて頂くんだと私は思います。愈々今年は合楽教会が開設されまして満五周年の年がらを迎えました。十月の二十日には愈々有難い、今娘たち夫婦が九州の正月をしたいと言っとりますが、来てから話しますのに、元の教会の竹部先生たちが。ね、みんな御信者さん方にも話しあって。
 今度は豊美さん所の教会の記念祭だから皆んなもおかげ頂こうというてあちらでもえらい張り切っておられます。姫路の教会。だけではない、あのあちらの古川の親戚の方達も是非ひとつおひき寄せを頂きたいと言うて、今から楽しんでおられると言う事で御座います。そういう記念祭が、ならその時になって仕えられると言うのではない。祈りに祈りのこめられて、ね、お互いが精進に精進させて頂いて、そこに真心一杯が結集されて捧げられて、初めてその喜ばしい有難い記念祭が迎えられるわけでございます。
 それには今度は、その記念事業として、ね、そのま一貫としての御用がです、ここにはじめ丸少会館と言っておりましたけれども、西脇殿と言う事が、御造営になる事になりました。先日から起工式がありました。あの駐車場に小屋が建っとりますのはあちらの、いろんなそのために建てられたもの、まあ着々と準備が進められて、もうこの春早々から着手される事で御座いましょう。
 ところがです、ね、私は今日のね、あのお米が御神前でぱちっと音を立ててこぼれた時に、ヒヤッとする程しの有難さと同時に、ね、本当にお粗末ご無礼と言う所がです、ね、お詫びをさせて頂かなければならん、ならばまた改めせて貰わなければならないと思わせて頂いとりましたら、あの今日のはブリのお供えが二匹、ね、こう合わせてしてございます。それがお三宝二台です。
 私は今日御心眼に頂いたのは、鯛がそう大して大きくない鯛が二匹、こう合わせてそれで頭の方をお三宝の外にこう出しますとね、小さいタイでもえらい大きく見えるんです。そういう御心眼を頂いた。ああここにね、合楽のいわば私を始め皆んなが改まらなければならない事があるな、小さいものを大きく見せようとする信心、ピッしゃりやられた様な感じがします。所謂でけてもおらんのにでけた様に見せようとする信心。まさしく合楽の信心にはそういうものがある。
 ここん所を改まらなければならないなと、同時に私は思いました。例えばならここの御造営が、ね、二千万や三千万になってとうとう五千万と言う事になった。ね、お金はま全然、まと言うてよいほどしそれんために、のお金はない所から出発です。所がま不思議と言えば不思議、宗教関係に金を貸してくれる銀行がある筈はないのにです、二軒からもの銀行が、私の方の金を使うてくれ、私の方の金を使うてくれ、と言った勿論それまでには大変ないろんな事が御座いましたけれども。
 結果においては金を貸してくれようと言う事になった。けれども五千万、五千万の金を借りる事になったといや、例えば利の事だけ考えたっちゃ人間の事で考えるとです、私達の小さい力しかないものは本当にぼっとするぐらいある。毎日五千万円銀行金利をちょいと計算してみてご覧なさい。ね、こう言う所もです例えばね、ありもしないのにです、有るようにしてと言う様な事もなかろうけれども御造営が、ね、始められたそこに願いが立てられたと言う床がです、まよういやぁ合楽的ですね。素晴らしい事です。
 そりゃ私が一人ででんおかげ頂こうと言った様な、実力を持っとる人は一人もないのにです、ね、それが神様にお願いをし、お取次ぎを頂いて、それを決心がでけると言う事が、ある意味で見上げたもんだと思うですね。所謂ありもせんのにある様に。私はここにもそう様なものを感じなければならないとこう思うた。そこでなんです、ね、そこで私共がなら、現在そういう力はないのだけれども、もうここにいうならば建てる事になったんだから、もう契約も済んだんだから。
 もう業者は着々として始めておるんだから、ね、なら半年なら半年掛る内にです、それだけの実力を私共が頂こうと願う信心、いうなら御造営に対する所の信心の造営が愈々本気でなされなければならないと言う事なんです。このことの御造営を通してです、私共は、信心の御造営をなさなければならない。それでけの言うならば裏付けはないけれども、その裏付けを今から、遅まきながら作らせて頂こう、中身はないけれども、その中身をこれから半年の間にでも一つ作らせて頂こうと言う熱意、そういうものがです。
 例えば今朝あたりの朝の御祈念に感じられるのです。ね、その幹部の方たちばかりなんです、朝の御祈念に参って来ておるのは。大変な事を是は親先生お取次ぎ頂いてい願いしよるが、果たしてどう言う事になるだろうと思うたらじっとしておられないのが、例えば委員長はじめ、ね、今度の造営の建設委員長でもある正義さんとか、ね。信徒会長であるところの秋永先生で、まそれだけの事だけでもなかろうけれどもです、ね。
 今申しますように、夕べも遅うまでそして今朝も朝から早ようから、そして一辺帰ってまたこのお祭りに合わせて頂けるという、ね、そういう例えば御造営を前にして、その御造営を通して本当なことをです、ね、神様が教えておってくださることを実行しておるんだ。例えば総代の熊谷さんにはそこの所をです、神様が嘘を言うても、又は思い違いをさせててでも本当なことをさせようとなさる信心修行をです、私はそこに感ずるのでございます。五人十人で出来る事ではありません。
 先日、・・・?さんが頂いておられますように、今度の御造営にはそういう本気で命をかけての御信心が五十名はできなければできんと仰った。五十名。はあ合楽の是でだけのこれだけの信心だけん五十名ぐらいおろう、決してけれどもそりゃおりましょう。御造営にお供えするくらいの人ならそりゃ沢山おりましょう。けれどもそれをです、ね、命がけで、言うならば一生懸命で、ね、神様の願いが成就する事のために自分の、言うならば体を張っての信心修行と言う様なものがです、ね。
 その中心になる五十人がです、でけなければならない。以来数子さんが参って来て親先生どうぞ、及ばずながら何にもない私ではございますけれども、どうぞ五十人の中の一人にお取り立て下さい、と言う様な願いを立てておられます。ね、私は総合楽の信奉者が、そこに願いを結集してです、おかげを頂いていかなければならんと思うです。今年はそういう御年柄なのだと思う。七十年代に入って、私が元旦の時にここで、和賀心時代と言うことを申し出しました。ね。
 して去年も今年もまた和賀心時代、和賀心時代と言い続けて参りました。しかもあの看板に和賀心時代と創るとあります。あれは私どもが創ろうとして創れる事ではない。是は神様の悲願なのですから。それは神様の世界総氏子に対する所の願いなのですから。世界総氏子が真実助かって行く事のために、人間の幸福というものは、和らぎしかも喜ぶ心を目指さなければです、なってしまわなければではないですよ。
 そういう心を目指さなければ、人間の幸福はあり得ないんだと、世界中の人々にそれを分からさしめる所の働きがです、合楽からそういう願いが立てられた。そこに神様の働きと私の祈り願い、皆さんの信心修行のまたは祈りとがひとつになって、ね、創り出されて行く所の願いが和賀心時代であると。ために私の心の中に又、私の家庭の中に、ね、自分の関係のある限りの周辺の人たちに和賀心時代運動が展開されなければならない。今迄の様な事ではでけない。その運動の展開がです、ね。
 所謂迫力をもった展開でなからなければならない。例えば市会議員が、ね、立つというても、運動員と言うのが出来るでしょう。しかもその運動員が、例えば法を犯してからでも運動して回るでしょう。私は和賀心時代の運動と言うものの展開がです、銘々そういう運動員にならせて頂いた積りで、先ず私が頂いてそしてそれを人に伝えて行く所の働きがなされなければならない。それがそれこそが信心の造営であると私は確信いたします。その信心の御造営がでけて参りますならばです、ね。
 それこそま言うちゃ失礼ですけれども五千万円くらいの、例えば御造営なんかは神様の働きのことになればです、みんなの願いがそこに結集されて、それが神様がお受け下さることになればです、ね、それこそ有難い有難いと言う事の中に神様の願いが成就する、合楽の願いが成就する、ね、私どもの願いが成就すると言う事になってくると思うのでございます。今年は例えばそのような、ね。
 先程若先生が申しておりましたように、それぞれの信心の抱負と言うものは銘々あってよろしいのである。けれどもねその願いと言う所はです、一つに結集する。それを教祖の御理解を借りますとです、勢を揃えた信心と、ね、又は一人ひそかに信心せよというと、こういかにも不合理のような感じがする。ね、けれども例えばそのように頂いて参りますと、私が昨夜から言っておりますように、私はこの今年は、一つ赤不動で行こうというております。